建設業界は、担い手不足による急激な市場の変化に対応するため、産官学が連携し、デジタル先進技術を活用したDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進している。NPO法人「あすの夢土木」理事長、ドローン測量教育研究機構(DSERO)代表理事を務め、中小建設業へのDXの普及促進や人材育成を積極的に進める大西有三京都大学名誉教授に建設DXの最新動向を聞いた。
DXの推進には、DXとは何かをよく考え、地道な努力が必要です。「あすの夢土木」は情報交換に努め、関西の建設業界をみんなで元気に盛り上げると共に一般のPR活動も行う人たちの集まりです。国土交通省近畿地方整備局長を始め、300人を超える産学官のメンバーが活動しています。その中で、若手技術者が1枚の絵で2分間の夢企画をプレゼンする「関西のゆめプロジェクト」や、建設コンサルタントやゼネコン、行政の若手技術者が土木技術で「関西を元気にするにはどうしたらいいか」をテーマに班別に発表する取り組みなどを主催しています。
発足当初はとても面白い発想が多く、感心していたのですが、5年もするとだんだん自分の仕事に直結した現実的な内容が増えました。総評では夢を語るならもっと飛び抜けた、はっちゃけた提案をしましょうと発破をかけています。例えば自分が現場で行うボーリング工事を月で施工するとしたらどういう改良が必要か、あるいは宇宙で生活するのに必要な土木技術は何かといった少し現実と離れた発想があっていいと思います。
米国ではいくつかの大学が宇宙土木工学の専攻を作っており、例えば月や火星で行う土木の設計・施工や、ICT施工は地球から遠隔操作するか、現地で操作するべきかということを真面目に教えています。なぜかというと、米国では宇宙産業が急速に発展し、宇宙土木工学を学んだ学生には就職先が見込まれるからです。旧来の河川、道路、地盤などの区分が薄れ、代わりにICTや通信技術が導入され、施工の自動化やロボット技術、自動計測の研究がダイナミックに動いていて、建設DXに結びついているのです。
その中で日本人研究者も活躍しています。私が卒業したカルフォルニア大学バークレー校では曽我健一教授が活躍し、日本の学生も招いて土木工学のイノベーションに取り組んでいます。イーロン・マスクが率いるスペースX社では、打ち上げ後自力で地球に帰還するロケットのコントロール技術を日本人チームが担っています。最先端の開発にも積極的に若い人たちの参画が認められ、DXが日常になっています。
一方、日本は先端技術の研究にお金が回らなくなり、大学の基礎研究費も年々削られ、研究者も減りました。研究の土壌を厚くし、産業を育て、優れた人材が活躍できる場が必要です。建設DXも世界的に見て遅れつつあり、これからが正念場でしょう。
特に国交省がICT施工に力を入れてから活気づいています。このことで土木工事の先進性が世の中に認知されつつあります。出前講座で高等専門学校などに行き、ICTのことを伝えると、生徒たちから「土木系もコンピュータを使うんですか」「ロボット操作のようなこともやっているのですか」とか、ドローンを使って教えると「土木って進んでますね」といわれることが増えました。
土木技術者の卵を育てるため、小中学校の出前講座にも力を入れています。インフラは生活に身近な施設ですが仕事の内容は一般社会から遠く、土木技術者と作業員の区別がつかないのが実情でしょう。そうした人たちに土木の魅力を感じてもらうため、割り箸を使って橋を組み立て、構造を学ぶ取り組みや、コンクリートの作り方などを教えています。子どもたちも楽しいし、学校の先生も「土木って社会の役に立ってますね」と認識するきっかけにもなります。
直轄事業を中心に導入が増え、ドローン測量の技術教育と普及を目指すDSEROを設立しました。ドローンで測量したデータを起工測量や出来形検査に使うには、評定点や基準点の仕組み、測量データから3次元モデルを生成する原理などを学ぶ必要があります。そのため、ドローン測量管理士とドローン測量技能士の資格を検定し、認定証を交付しています。
一方、ドローンやレーザースキャナの実務を学ぶ「DSERO webセミナー」を3月から4月に無料開催したところ、約1200人を超える申し込みがありました。今後も年数回の無料開催を予定し、多くの人に参加してほしいと思います。グリーンレーザーなどより詳しい内容については有料会員サービスで発信しています。
毎年開催の親子ドローン体験会では、実際に操縦を体験してもらい、親子で土木に関心を持ってもらうための企画です。ゲーム感覚でドローンを飛ばすことで、自然に土木とドローンの関わりに興味を持ってもらうのが目的です。
また、近畿地方整備局と連携し、中小建設業がICT施工やBIM/CIMの理解を深めるためのセミナーを22年12月に開催しました。役所の職員、建設コンサルタント、地域ゼネコン、ベンダーなどから25人が参加し、分野横断して5つのグループに分けて議論しました。設計者がつくる図面と施工者が求める情報の違い、アプリに必要な機能、発注者への要望などを本音で意見交換し、互いに理解を深める良い機会になりました。
さらに、ICT施工に積極的に取り組むCクラス企業のうち、利益を出している企業と、地域建設業では大きな規模ですがICT施工をいまいち利益に結びつけられない企業による意見交換も行いました。両者の違いは内製化にあります。内製化した企業は社長を筆頭に全社一丸となってICT施工を推進し、利益確保に努力していました。もう一方の企業は外注に経費がかかり、また社内に技術が蓄積しないため、労力の割に利益が出ないので苦戦していました。企業は営利目的で活動しているので、まずは儲かることが大切でしょう。
ただ、一般論としてICT化により仕事はずいぶん楽になっています。さらに効果を高めるには研修が重要で、DSEROは近畿地方整備局が進める人材育成の仕事も手伝っています。ICT施工などの普及に向け分かりやすい講習を行う中、最も問題に感じているのが中高年社員のリスキリングです。今後はその年代への研修が必須でしょう。
リスキリングは単なる学び直しではなく、新しいことを学び活用することが大切です。ドイツには多数の人材を旧来の産業からIT分野に移行した成功事例がありますが、それを支えたのがリスキリングでした。少なくともAIやITを使う仕事の中身を説明できるレベルに教育することで、新しい分野への人材移行を可能にしますし、建設DX導入への理解も進むでしょう。
最近はChatGPTの話題が沸騰ですが、使いこなせれば土木分野でも非常に便利なツールになると思います。利活用法について論争が起きていますが、いま後ろ向きになれば技術の発展が遅れるし、技術の進歩から取り残されてしまいます。己の特色を理解し、いかに効率よく仕事するかを考えながらAIを能動的にかつ積極的に使って生産性向上に役立てるべきでしょう。
土木分野でもAIは使い勝手の良いツールですが、ネックになるのがデータの集積です。そもそも土木は他分野に比べてAIを適用した事例まだ少ないのが実情です。以前、著名なAIの先生に土木では1000事例ぐらいしかデータを集められないと相談したところ、「私たちは普段1000万とか億単位の事例を扱っています」と桁違いの話をされました。それを考えると土木は数千のデータ量で喜んでいる場合ではありません。官民一体でデータを収集し、将来を担う若者にAIを使う事例を示し、先進的な仕事をしてもらう必要があります。
阪神高速道路会社は高速道路全路線の橋梁を3次元化して〝デジタルツイン〟を構築し、東南海地震想定のデータを入力してどこが壊れやすいかシミュレーションするほか、橋梁にセンサを設置して揺れのデータを取り、耐震補強計画に生かしているので将来はAIの適用も考えられます。
展示会は実物を見ることができるのが一番大きなメリットです。インターネットで見るのと違い、実物がそこにあると自分たちが抱える課題に対してどのような使い方ができ、課題に対応できるかをイメージしやすくなります。
会場では、意図した以外の実物を見て、課題解決につながる製品に出会えるかもしれません。ちょうど書店の中で何かを探しているときに目的のものより面白そうなものが見つかるのと同じです。発想が拡がり予想を超える良い製品に出会える可能性があるのが展示会の面白さでしょう。